片方は、美しい花の咲き乱れるこの世の楽園でございました。
明日のことを心配するものなど一人としていない、箱庭の都。
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片方は、見渡す限りの灰色が支配する牢獄でございました。
飢えて渇いて荒んで病んだ人々が暮らす、忘却の町。 |
夜の闇を引き裂くように、空高く響いたのは女の悲鳴。タスケテ、タスケテと必死に叫んでおります。
何が起きているのか、彼女はわかっておりませんでした。街灯は手折られた花のように無残な姿を晒し、薄汚れたコンクリートに影を落とすこともできず。饐えた臭いが充満する、どこにでもあるような小汚い路地。
奥からは依然として女の泣き声、そして耳を覆いたくなるような暴力的な音、音、音。
路地を挟む建物はどれもぼろ屋ではありますが、人が住む家には違いありません。現に、ぴっちりと閉じられた雨戸の隙間から、かすかに光が漏れております。
女の声はもはや諦めておりました。うまく息ができず、咳き込みながら、ただはらはらと泣きました。
彼女は知らなかったのです。この国で、夜、いや、例え昼間でも、町を出歩くだけで暗闇がすぐそこまで迫り寄って来るということを。
彼女は知らなかったのです。自分に降り注いだ悲劇的な運命が、この国では至極ありふれた日常であるということも。
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最期の小さな悲鳴。涙が流れる音。――路地はまた冷たい静けさを取り戻します。
彼女が最期に見たのは、空を黒く染めた黒。
二つを分かつの、高く高く聳え立つ黒。
Knock,Knock この向こうに誰かいますか?
誰も知らない、忘れられた王国。
小さな小さな、僕らの王国。 |