僕は、今まで何も知らなかった。
 あの白と赤の部屋の中で遊んでいたゲームは、この町の人々にとっては紛れもない現実で、僕を煩わせていたあの数字は、この人たちの数だった。精一杯に生きようともがく人々の、僕の民の命の数だった。

 気づかせてくれたのは、僕の初めての友人達。今なら素直に言える。今まで一度も本心から言ったことはない言葉。

「ありがとう……」

 自分でも驚くくらいに小さい声だったけれど、きちんと二人には聞こえたらしい。目を見開いてこっちを見ている。その顔があまりに面白くて、その時僕は初 めて、生まれてきてから初めて、笑った。きっと、これが笑うということなんだと思う。照れくさくて、なんとなく居心地が悪くて、ついすぐにそっぽを向いて しまったけれど。二人も笑い返してくれたから、よしとする。

 たった二人の人間と出逢っただけで、いや婚約者としてはもっと前から出逢っていたから……知り合うだけで、いや、……友となるだけで、こんなにも全てが変わるものなのだろうか。だとしたら、人とはなんて簡単な生き物なのだろう。……、なんて幸福な生き物なのだろう。
 
 隙間風が吹きぬけ、雨戸がガタガタと音をたてる。朽ち果てた東屋、僕達の隠れ家。決して豪華でも美しくもないけれど、僕らにとっては立派な城だった。
 いつまでもこんな時が続けばいい。いや、もっといい暮らしをさせてあげたい。もちろんこの家だけじゃなく、全ての僕の民に。

 僕はそれができる地位にある。今まで何も見てこなかった分、彼らにささげられる明日がある。

 初めて笑った夜、初めてこの冠に感謝した。