「まあ、あなた、町へ行っていらしたの?」

 もとフィアンセ八人隊の中の一人が、「忘却の町」へ行ってきたという噂は、瞬く間に女達の間で広まった。王宮に出入りしているような連中ともなれば、ほぼ間違いなく王都に居を構えている。都が王宮を成し、王宮が都を成していた。城壁の中には何でもあったし、あの壁の外がどうなっているのかなんて、お父様やお母様でさえも知らないだろう。私たちはとても小さな世界に住んでいた。

「ええ。あの人と一緒にね。スリリングなデートってところね」
「ねえ町はどうだった?」
「壁の外はどうなってるの?」

 飾り立てた女達が憩う大広間の一角。私は少し離れたところで、少女達の話を聞いていた。
 ソト、その響きが私を魅了する。

「外……」

 窓から見える、高く高く聳え立つ石の壁。

「あの向こう側の空は、一体何色なのかしら」

 少女はひたすら、壁の向こう側に広がる夢のような町について話し続けた。とろけそうなほど甘いパンだとか、さかさまで歩く犬だとか、紅茶が流れる川だとか。
 結局そんなものは全てでたらめで、彼女が壁を越えたということ自体が嘘だったと発覚することになる。けれどその時の私は、選ばれたことに対する女たちの嫉妬のまなざしと、将来のために取り入っておこうとする汚い大人たちのやり口と、そんな境遇に陥った私を支えて励ましてくれるはずのパートナーの不在で、正直、おかしくなりかけていた。
 もう何年になるか。どんなに待っていても、あの王は迎えにきてなどくれない。

「行ってみようかな」

 小さく呟いた、大きな決心。
 私はそっと部屋を抜け出した。