神など信じたことはなかった。
 運命なんてものも心の弱い連中が考え出した過去の遺物にしか思えなかった。
 けれど本当は、間違っていたのは僕だったのかもしれない。
 じゃなければ、こんなに残酷な世界があるだろうか?

「あいつだ!!向こう側の連中を家の中に隠してやがる!!」
 響くのは、怒声とおびただしい足音。こちらに向かって、僕達に向かって。

「……僕が行こう」
 これ以上、ここでこうしてはいられない。
「いいえ、だめ。あなたは彼女を守ってあげて」

 数日、その場に隠れて、貸してもらったこちら側の服を着て、町を少し見て回った。病院を手伝い、多くの人と会った。実に多くの者が、同じ病に侵されていることを知った。汚染された環境と、その環境の下で作られた食物、そこから感染する病。汚染病、と彼らは呼んでいた。
 その汚染病に、このような過酷な環境を一度も体験したことのない娘が倒れることは、そう珍しい展開ではないのかもしれなかった。この騒ぎの中でも目を覚まさないほどに、その病状は悪い。清浄な空気の中に戻せばすぐに治るはずだった。そうして向こう側へ戻る算段をしていた矢先。僕がずっと忘れていた町が、僕に向かって牙をむいた。

「私が行くわ。大丈夫、皆わかってくれる。だって、私達はあなたの民だもの。あなたは、私達の王だもの」

 扉を開く白の少女。いつもと変わらない、穏やかなその笑顔。

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

 外の連中は酷く興奮していた。彼らにとって壁の向こう側の連中など憎悪の対象でしかない。自分達をこちら側へ閉じ込め、税だけはきっちり徴収するくせに、慈悲の一つもよこしやしない。そんなやつらをかくまったとあれば、例え町の仲間といえど同罪。それは何にも勝る重罪。彼らは酷く憤慨していた。彼らは酷く何かにあたりたかった。積もり積もった日々の鬱憤を、今この場で晴らしてやりたくてたまらなかった。

 彼女が出て行ってからしばし、裏口からこっそりと二人が抜け出した刹那。

酷く、耳障りな音、音、音。
少女の小さな悲鳴は、たちまちに掻き消され、透き通る白は別の
に染まった。